創作怪談都市スマホ帰り道

案内終了

2026年10月24日

作品ノート

本作は編集部が収集した語り・伝承をもとに再編集した創作怪談です。実在の団体・人物・地名とは関係ありません。

知人の男性から聞いた話だ。

今の部屋に引っ越して数日目の深夜、彼は終電で寝過ごし、自宅から二駅先で降りてしまった。タクシーも捕まらず、土地勘もないため、スマホの地図アプリで自宅までの徒歩ナビを起動したという。

ワイヤレスイヤホンを片耳に挿し、音声案内に従って静かな大通りを歩いていた。

二十分ほど歩いたところで、イヤホンから『右折です』と機械音声が流れた。

顔を上げると、右手にあるのはブロック塀に挟まれた、人ひとりがやっと通れるほどの暗い路地だった。

「大通りから急にそんな細い道に入るなんて、変だなとは思ったんです」

ただ、知らない土地のうえに早く帰りたかったので、近道なのだろうと思ってそのまま路地へ入った。

少し進むと、また『左折です』『右折です』と短い間隔で指示が続く。言われるままに曲がるうち、街灯がほとんどない古い木造住宅ばかりの区画に入り込んでいた。

すると、まだ路地の途中なのに、突然イヤホンからアナウンスが流れた。

『目的地に到着しました。案内を終了します』

「……おかしいじゃないですか。まだ全然、知らない路地の真ん中なんですよ」

立ち止まって周囲を見回したが、自分のマンションなどどこにもない。すぐ目の前にあるのは、錆びた門扉が閉ざされた、表札もない真っ暗な二階建ての空き家だった。

GPSが狂ったのかと思い、ポケットからスマホを取り出そうとしたとき、またイヤホンが鳴った。

ザッ、と短いノイズが混じり、次の言葉が続いた。

『……来てくれてありがとうございます』

機械のイントネーションではなく、ひどくくぐもった、生身の女の声だったという。

全身の血の気が引き、思わず顔を上げた。

目の前の空き家の二階。雨戸が閉まりきっていない暗い窓の隙間から、白い顔のようなものが半分だけ覗き、真下の彼をじっと見下ろしていた。

彼はイヤホンをむしり取ってポケットに突っ込み、広い通りに出るまで無我夢中で走った。

「それ以来、夜道でナビは絶対に使ってません」

彼はそう言って苦笑いした。

あの日、地図アプリの履歴を見返すと、彼が登録したはずのマンションの住所は消えており、代わりにその空き家の番地が『自宅』としてピン留めされていたという。