ある怪談ライブの常連客から聞いた話だ。
彼は都内の小さなライブハウスで毎月開かれる怪談会に通っていた。キャパ30席ほどの狭い会場で、照明を落とした中、演者の生声だけが響く密室空間だ。
そのイベントは常にチケットが完売していたが、彼はある法則に気がついていた。毎月必ず、最前列の右端の席(A列1番)だけが「関係者席」という札が置かれ、空席のままになっているのだ。
ある回、演目が佳境に差しかかったとき、彼はふと最前列へ視線をやった。 ずっと空席だったはずのA列1番に、誰かが座っている。小柄な女性だ。暗くて顔は見えない。いつ入ってきたのか、全く気配がなかった。
それ以上に彼が違和感を覚えたのは、怪談師の視線だった。 怪談師は、会場全体を見渡すような素振りをしながらも、決定的な恐怖のオチを語る瞬間だけは、必ずその「関係者席の女」の顔をじっと見つめて語りかけていた。
終演後、物販の席で彼は主催者のスタッフにそれとなく尋ねた。
「最前列の右端、いつも関係者枠にしてますよね。今日はどなたか来てたんですか?」
スタッフは、少しだけ顔をこわばらせて、小さな声で答えた。 「……あそこは、誰も座っていませんよ」 「え?」 「このイベントは、毎月あそこに座る『あれ』を鎮めるために、演者が自腹を切って開催しているんです。ただ、客席が空だと『あれ』が納得してくれないので、カモフラージュとして皆さんにチケットを売って、客席を埋めてもらっているんですよ」