ある怪談ライブの常連客から聞いた話だ。
毎回完売するその怪談会には、決して販売されない席が一つだけあった。最前列の右端、A列1番。座席にはいつも「関係者席」と書かれた札が置かれていた。
ある雨の夜、三話目が始まったころだった。
彼が何気なく最前列を見ると、空いていたはずのA列1番に、小柄な女が座っていた。
長い髪に隠れて顔は見えない。途中から入ってきたのだろうと思ったが、狭い会場で人が前列まで移動すれば、誰かが気づくはずだった。
演者の様子も妙だった。
客席全体へ語りかけているようで、話が最も恐ろしい場面に差しかかるたび、視線をA列1番へ戻す。その女の反応を確かめるように、ゆっくりと言葉を選んでいた。
最後の怪談を語り終えると、女がわずかにうなずいた。
暗転し、再び照明がついたとき、席には「関係者席」の札だけが残っていた。
終演後、彼は受付のスタッフに尋ねた。
「最前列の右端にいた女性、出演者の関係者ですか?」
スタッフの手が止まった。
「女性なんて、座っていませんでしたよ」
彼が見間違いではないと説明すると、スタッフは周囲を確認してから、小さな声で言った。
「あの席も、以前は普通に販売していたんです。でもある晩、A列1番のお客さんが、開演途中に青ざめて受付へ来ました」
席に着いたときは、何も異常はなかった。
ところが三話目が始まると、膝の上に人ひとり分の重みを感じた。恐る恐る目を落とすと、長い髪の女が、客席へ背を向けて座っていた。
女はその客の膝の上から、じっと舞台を見つめていたという。
翌月、同じ席を購入した別の客も、まったく同じことを訴えた。
それ以来、A列1番は販売せず、「関係者席」の札を置くようになった。
「じゃあ、やっぱり誰かが来るんですね」
そう言うと、スタッフは首を横に振った。
「空けているんじゃありません」
スタッフは、札の置かれた席を見た。
「あれは、人間を座らせないための札です」